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七尾簡易裁判所 昭和51年(ハ)12号 判決 1979年5月07日

原告 清水きたを

被告 国

代理人 木澤慎司 中川義信 川島俊明

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  別紙目録記載の土地(以下、本件土地という。)が原告の所有であることを確認する。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨。

第二当事者の主張

一  請求原因

(所有権の取得)

1 本件土地は、もと訴外清水佐七郎の所有であつたが、同人が明治三九年一一月一四日死亡したので、訴外清水彦八が家督相続により所有権を取得し、右彦八は昭和一四年四月一九日死亡したので、訴外清水友子(以下、訴外友子という。)が家督相続により所有権を取得した。

2 次いで、原告は、本件土地を昭和五〇年一〇月二〇日訴外友子から贈与を受けて所有権を取得した。

(争いの存在)

3 被告は、原告の本件土地に対する所有権を争つている。

(結論)

4 よつて、原告は被告に対し、本件土地が原告の所有であることの確認を求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因1、3項の事実はいずれも認める。2項の事実は知らない。

三  抗弁

(通謀虚偽表示)

1 仮に、原告主張の贈与の事実があつたとしても、右贈与契約は、原告と訴外友子が通謀してなした仮装のものである。

(信託法一一条違反)

2 仮に通謀虚偽表示の事実が認められないとしても、右贈与契約は、訴外友子が原告に訴訟行為をなさしめることを主たる目的としてなしたものである。即ち、原告は、本件土地が道路であることを知りながら、具体的使用目的もなく贈与を受けたこと、そして、被告に何らの交渉をすることもなく、受贈後間もなく突如として本訴を提起していることから右の目的は明らかである。

(売買)

3 仮に右信託法違反の事実が認められないとしても、被告は昭和二六年六月三〇日、本件土地の当時の所有者であつた訴外友子の代理人である訴外高橋弥左エ門との間の売買契約により、本件土地の所有権を取得した。

(時効取得)

4 仮に売買の事実も認められないとしても、被告は昭和二七年四月一日以来本件土地を道路として占有しているから二〇年を経た昭和四七年四月一日をもつて、時効により本件土地の所有権を取得した。被告は、右取得時効を援用する。

四  抗弁に対する認否

抗弁1ないし3項の事実はいずれも否認する。同4項の事実中、昭和二七年頃から本件土地が道路となつていることは認め、その余の事実は否認する。

五  再抗弁

(登記の経由)

仮に被告主張の時効取得の事実が認められるとしても、原告は昭和五〇年一〇月二〇日訴外友子から本件土地につき贈与を原因とする所有権移転登記を経由した。

六  再抗弁に対する認否

再抗弁事実は認める。

七  再々抗弁

(背信的悪意者)

原告は、いわゆる背信的悪意者にあたる。即ち、原告は、同居する訴外友子の実母であつて、右登記当時本件土地が既に被告に道路用地として買収され、現に国道として一般公衆の用に供されていることを十分知りながら、たまたま被告が未だ訴外友子から所有権移転登記を受けていないのを奇貨として、被告の所有権取得を対抗させないために、あえて原告がその主張の登記を経由したものであつて、右は著しく社会正義に反し、信義則にもとるというべきである。

八  再再抗弁に対する認否

再再抗弁事実中、原告が訴外友子の実母であること、登記当時本件土地が現に国道として一般公衆の用に供されていることを原告が知つていたことを認め、その余の事実は否認する。

第三証拠 <略>

理由

(請求原因について)

一  請求原因1、3項の事実は、いずれも当事者間に争いがない。

<証拠略>を総合すれば、請求原因2項の原告が本件土地を昭和五〇年一〇月二〇日訴外友子から贈与を受けた事実を認めることができる。

(通謀虚偽表示の抗弁について)

二 本件土地の贈与契約当時原告において本件土地が道路となつていることを知つていたことは、当事者間に争いがないが、本件全証拠によつても訴外友子と原告が通謀して贈与を仮装したとは認めることができない(原告が訴外友子から既に道路となつている本件土地の贈与を受けても、自ら使用収益できないことは当然であるが、だからといつて、直ちに右贈与が仮装のものであるとは推認し得ない。)。

(信託法一一条違反の抗弁について)

三 本件全証拠によつても、本件土地の原告への贈与が、原告をして訴訟行為をなしめることを主たる目的としてなされたことを認めるに足りない。即ち、原告が本件土地が道路であることを知つていたことは、前記のとおりであり、<証拠略>によつても、本件土地の具体的使用目的、被告と提訴前に交渉した事跡は認められず、原告が贈与を受けてから約半年後である昭和五一年四月二六日本訴を提起したことは記録上明らかで被告主張のとおりではあるが、以上の事実だけでは、訴訟行為を主たる目的とする贈与とは断定し難い。けだし、土地の利用目的は種々あるから、必ずしも取得する際にそれが具体的に決まつていなければならない訳のものではないし、また、訴提起前に被告と予め下方で交渉しようと、それをせず直ちに提訴しようと、もとより原告の任意であるべきだからである。

(売買の抗弁について)

四1 <証拠略>によれば、昭和二六年頃、石川県道七尾―輪島線の改良工事につき、七尾市石崎町地内の道路用地の買収の世話は、同人の亡父で区長だつた訴外中西富茂が担当していたこと、しばしば同人宅で、買収予定地の所有者を集め、用地買収についての説明をなし、その協力を求める会合が開かれ、訴外友子及び原告もこれに出席していたことが認められる。

2 <証拠略>によれば、本件土地は、昭和三〇年九月二七日七尾市石崎町テ一九番一(以下テ一九番一という。)から分筆されたものであること、テ一九番一は訴外高橋弥左エ門、訴外清水佐七郎ら合計五名の共有であつたことが認められる。

3 <証拠略>には、当時のテ一九番一の共有者の一人である訴外高橋弥左エ門の署名捺印はあるが、訴外友子の記名捺印がないこと、また、<証拠略>を総合すれば、訴外高橋弥左エ門は、訴外友子と道路用地買収につき直接話合つたことはなく、従つて、同人から土地買却についての代理権を与えられたことの全くないことが認められる。

以上の事実によれば、訴外高橋弥左エ門が訴外友子の代理人とは認め得ず、被告の売買の抗弁は到底認めるに由ないといわなければならない(なお、用地買収の説明会に訴外友子及び原告が出席していたことは、前記認定のとおりであるが、説明は聴いても買収に応じないことは間々あり得るのであるから、右出席の一事をもつて買収に同意していたとか、あるいは訴外高橋弥左エ門に用地売却の代理権を与えたとは推認できないこというまでもない。)。

(時効の抗弁について)

五 昭和二七年頃から本件土地が道路となつていることは、当事者間に争いがない。

<証拠略>によれば、本件土地は、昭和二七年四月一日以降国の営造物たる道路として被告によつて占有(維持管理)されてきたことが認められる。されば、昭和二七年四月一日から二〇年を経た昭和四七年四月一日をもつて、被告は、本件土地所有権を時効によつて取得したものと認めるのが相当である。

(登記経由の再抗弁について)

六 原告が右時効完成後の昭和五〇年一〇月二〇日、訴外友子から本件土地につき贈与を原因とする所有権移転登記を経由したことは、当事者間に争いがない。

(背信的悪意者の再々抗弁について)

七 原告が訴外友子の実母であること、右贈与登記当時本件土地が現に国道として一般公衆の用に供されていることを原告が知つていたことは当事者間に争いがない。

1  <証拠略>を総合すれば、原告は、昭和四三年三月一八日当裁判所に対して行つた訴外友子の仮処分申請につき、昭和二八年頃本件土地(分筆前であるからテ一九番一である。)が、国道二四九号線の改修にあたり道路用地として買収された旨の証明書を作成し、疎明書類として当裁判所へ提出していることが認められる。

2  <証拠略>によれば、原告が訴外友子から本件土地の贈与を受けた理由は、原告より先に訴外友子が死亡することを心配したためであるというのである。

3  <証拠略>によれば、原告は、明治二九年二月二六日生れであり、訴外友子は、昭和六年四月二五日生れで配偶者も子もないこと、右二人は原告の住所で同居していることが認められる。

以上の事実に基づいて考えるに、およそ人間の寿命は、神ならぬ裁判所の予測し得ないものであつて、必ずしも年長者が若年者より早く死ぬとは決まつていないこと勿論であるが、蓋然性としては、明治二九年生れの原告の方が昭和六年生れの訴外友子より先に死亡するであろうとはいい得よう。しかるに、原告は、自己よりはるかに若い訴外友子が先に死亡するかも知れないとして、いわば世代の流れに逆行して本件土地の贈与を受けておくというのは、いかにも不自然との感を免れない(因に、訴外友子には夫や子がなく、仮に訴外友子が先に死亡するようなことがあつたとしても、その遺産はすべて原告が相続できる事情に鑑みれば、なおさらである。)。また、原告は、前記認定のとおり訴外友子の仮処分申請の際に、本件土地(前記のとおり当時はテ一九番一)が道路用地として買収された旨の書面を当裁判所へ提出しながら、本訴では一転してこれを翻し、何ら買収されたことはないと主張するのは不合理であるばかりでなく、右贈与の理由の不自然さとともに、徒に事を構えるものとしか思えない。要するに、原告は、被告が未だ本件土地の所有権移転登記を受けていないのを奇貨として、被告の所有権取得を対抗させないために、昭和五〇年一〇月二〇日同居の訴外友子から本件土地の贈与を受けるや、即日その旨の登記を了し前記認定の時期に被告に対し、本訴を提起して、既に国道二四九号線として一般公衆の用に供されてから久しい本件土地を、自己の所有(もつとも、五〇〇分の一五〇の持分であるが、)なりと主張しているものと認められる。

してみれば、原告の右行為は、著しく社会正義に反し、信義則にもとるものというべく、原告は、いわゆる背信的悪意者に当り、被告の本件土地所有権の時効取得につき、登記の欠缺を主張するに正当な利益を有する第三者には当らないと解するのが相当である。されば、被告は原告に対し、登記なくして時効取得者として本件土地所有権を対抗し得るといわなければならない。

(結論)

八 以上の事実によれば、原告の本訴請求は失当であるから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 池本洋)

目録 <略>

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